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#律霊 #mp100

「たこ焼き」

220813律霊ワンドロ

3355文字
2022-08-14 11:29




「食わねぇの?」
 沈黙やら視線やら何やらに耐えるのにも飽きてとうとう俺は言葉を発した。正直気になって落ち着いてたこ焼きなんて食えやしない。執拗に俺にまとわりついていた弟子の弟の視線はもったりと緩められ、テーブルの上で湯気を立てているたこ焼きへと落ちる。俺はとりあえずほっとしたので8個パックのたこ焼きを一つつまみ上げて口に放り込んだ。久々に食ったな、この店のたこ焼き。
 咀嚼しながらお前も食えと視線だけ投げかけると、じゃあいただきます、と几帳面に手を合わせてから、律は避けてあった竹串を手に取りたこ焼きに突き刺した。

 昼過ぎから予約の入っていた除霊依頼は外での案件だった。ビルの建設予定地に居座っていた悪霊をさっさと溶かした後、芹沢を直帰させ俺は一人で事務所に戻った。今日は夕方からモブがシフトに入っていた。通りがけに土産がてら買った弟子の好物を手に、事務所の扉を開けると待っていたのは弟だった。兄さんは急用ができました、と仏頂面で告げられたのがついさっき。
 テーブルを挟んで向かいのソファに座っている律の様子をそれとなく伺ってみる。事務所の鍵は超能力で開けたのだろう。俺が戻った時にはまるで最初からそこにいましたとでも言うように受付の椅子に座って行儀よく何やら小説本を読んでいた。
 さて、大抵の子供はたこ焼きだとかお好み焼きだとかの粉もんが好きだと勝手に思っているが目の前のこいつの場合はどうだろうか。最初モブが弟を代役に寄越した時はあいつにしては気が利くもんだと思ったが、結果的にはこいつら兄弟のややこしさを思い知らされることになった。まあどちらかというと、弟の厄介さに鈍感なモブよりも、そのせいで余計俺に突っかかりたくなる弟の感情の方が理解できてしまう。こいつは普段は遠慮のない振る舞いを見せる割に、たまに何か言いたげな顔を見せるところがあった。しかしどう考えても俺が何か言ったところで逆効果であろうことは確実だ。
 今、当の弟は竹串の扱いにやや苦戦しているらしく、たこ焼きを口まで運ぶのに微妙に難航している。慣れない様子に、普段あまり食べる機会がないらしいことが見て取れる。なんか懐かしいな。そういやモブも昔は
「何ですか」
 睨まれた。学校ではさぞ持て囃されているだろうせっかくの端正な顔をこれでもかと歪ませている。
「いや、ソースが制服にこぼれそうなのが気になって」
「そんなことはしません」
 俺の態度が何か気に触ったのか、まあ存在自体気に食わないか。強気でそう言い切った弟はたこ焼きを口に運ぶのではなく自分の頭をたこ焼きに寄せればいいのだと気がついたらしい、かぶりつくようにたこ焼きを口に収め、そして一瞬挑戦的な目でこちらを見やった。思わずからかいたくなるがまた睨まれそうだったので特にツッコまずさっきの疑問を投げかけてみる。
「美味いか?」
「……はい」
「なんだ、いやに素直だな。もっと食っていいぞ」
 律はまだ何か言いたそうにしていたが、口の中のものを飲下すと黙って次のたこ焼きに狙いを定めた。ふたつ、みっつとその丸い物体が子供の腹に収まっていく風景を眺めるのはやはり何というか悪い気分ではない。それにしてもこいつもいちいち生きづらそうな奴だな。下手に育ちがいいと食べ物にまつわることで嘘をつけないらしい。
「これ、駅の反対側の店のですよね。わざわざ買ってきたんですか?」
 食ったら気持ちにやや余裕ができたのか、ここにきて普通に会話を振られる。普通に振られたからには普通に答えるべきだろう。
「さっきまで芹沢と出てた案件がその辺りでな。ついでに買ってきたんだ。前はよく買ってたんだよ。ほら、ここの事務所移転する前はあの辺にあったろ」
 モブも気に入ってたから喜ぶかと思って土産に。とまで言って、あ、これ喋りすぎたかとハッとするがもう遅い。
「へえ……」
 不穏な相づちがなんか怖くて顔が見れなかったのでメールを確認するふりして携帯を開く。あ、弟が代わりに行くってモブから連絡来てるな。
「えーと、律は? 好物とかあるのか」
「霊幻さんは兄さんの好物をよくご存知なんですね」
 ……俺の質問ガン無視かよ。いいけど。
「あー、昔聞いたことあるかもな。あれだ、牛乳だろ」
「牛乳とラーメンとたこ焼きです」
 間髪入れず答えが飛んでくる。こいつが言わんとしていることは最初から知っている。こうも根に持つタイプはなかなかいないだろ。初めて会ったときからずっと変わらない。
「ではこれはご存知ですか? いつから兄さんの好物にラーメンとたこ焼「分かった!お前の言いたいことは分かった。それで俺にどうしてほしいんだお前は」
 わざと目を合わせて問いかける。しかしなんつう顔してんだよこいつは。鋭く俺を睨んでいるが、その目の奥は不安に揺れていた。俺が遮らなかったとして、果たしてこいつは俺の返答を聞き届けることができたんだろうか? 言いすぎたかと逆にこっちが不安になって来た頃に律はふい、と俺から視線を外した。そして場の空気をリセットするかのように一個だけ残っていたたこ焼きを超能力で浮かせて自分の口に放り込んだ。
 俺も俺で、別に答えを期待してどうしてほしいのかと言ったわけではなかったので、片付けでもするかと腰を上げる。買ってきたときの袋どこやったっけ。テーブルを見渡してみると、綺麗に折りたたまれたそれが行儀よく隅に置いてある。
「霊幻さん。さっきの質問ですけど」
「え」
 袋に手を伸ばしかけた態勢で思わず静止する。マジか。答えが返ってこない前提の口からでまかせだったわけだからこれは困った。やべ、俺何させられるんだ?
「さっきの質問って……えーと、あれか。律くんの好物?」
 マズいな。また口が先に動く悪い癖が出た。完全に墓穴だ。俺は今ひどい顔をしているだろうに、なぜか律は呆気にとられたみたいな顔でぽかんとしている。
「あ、えっと、すまん、なんだっけ? ど忘れした」
「……いえ、合ってます。そう、僕の好物」
 僕は、と続ける律の表情は今までで見たことのない種類のものだった。そうか、本当に言いたいことを言うとき、こいつはこんな顔をするのか。



「モブ、ちょっと聞いていいか」
「何ですか」
 受付の席で漫画本を読んでいる弟子は目線だけをこちらに寄越した。そういや初めて例のたこ焼きを買ってきた時、こいつはどんな反応をしたんだっけか。
「あのさ、律の好きな食いもんって知ってる?」
「え、律の……好きなもの? ……師匠、もしかして律と何かあったんですか」
 にわかにモブの視線が訝しげな色を帯びる。こいつらは本当に、律もあれだが、兄も兄でたいがい過保護なんだよ。お前らはお前らでもっと話せ。
「何かってなんだよ……あいつ最近よく手伝いに来てくれるから、好物があるなら礼でもしようかと思ってな」
 嘘ではない。だがたった今用意した俺の言い分にモブはある程度納得したのか、ふぅん、という相槌とともに事務所に張り詰めていた緊張は緩められた。
「そうだなぁ、う〜ん……あ、豆腐かな。あと角煮とかもたぶん」
「豆腐ぅ? なんだ、あいついつも焼き肉せびってくるから俺はてっきり……」
「焼き肉かぁ。そういえば、前に花沢君と僕たち四人で焼き肉行ったの、律そうとう楽しかったみたいですよ」
 あの時は師匠も楽しそうでしたよね、モブの話し声がだんだん遠ざかっていくのを感じながら、俺は思いもよらぬ所に答えが決着するのが分かった。律はあの日俺に嘘をついた。あいつの好物は焼き肉ではなかった。そして俺はどうやらずっと思い違いをしていたらしい。昔から変わっていないと思いこんでいた律が言えずにいる何かの中身は、どこかで何かに変化していたのだ。だとしたら、今あいつが執拗に俺に向けているあの目は一体何だというのか? 少なくとも現時点で言えるのは、礼と称して奴を連れ出すことになってしまったこと、そして焼き肉と豆腐の美味い店のどちらを選ぶべきか、俺が考えて答えを出さなければいけないということだ。