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「初日の出」「今年こそ」

220101律霊ワンドロ
律が中学2年生

2380文字
2022-01-03 16:52




 元旦の朝六時。影山律はリビングで一人、年賀状の仕分けをしていた。父宛、母宛、律宛、そして兄宛の年賀状。両親はまだ起きてきておらず、しんとした家に葉書をめくる音だけが響いている。兄は昨日から元脳電部のメンバーと泥舟山に出かけており、まだ帰っていていない。手に取った一枚の葉書の差出人を見て律は手を止めた。「影山茂夫様」宛のその葉書の差出人は「霊幻新隆」。影山茂夫様。その宛名を見た瞬間に胸のあたりに沈んでいった気持ち、これは落胆だろうか。期待してしまっていたことが分かって自分に苛ついてしまう。葉書を兄宛の束の一番上に載せ、作業を再開した。

「あら、律。早いのね。年賀状振り分けてくれてたの?」
 作業が一通り終わった頃、目を覚ました母がリビングに降りてきた。
「うん。これ、母さんの分」
「ありがとう。シゲはまだ帰ってこないのねぇ……」
「去年も初日の出を見てから帰ってきたみたいだからね。今年もそうなんじゃないかな」
 ならそろそろ帰ってくるのかしら?、と母が壁掛け時計に目を向けて言った。そう、もうすぐ兄が帰ってきてしまう。
「僕、ちょっとコンビニに行ってくる」
「そう? 気をつけてね」
 仕分けを終えた年賀状をテーブルに置き去りにして、律は玄関へ向かった。別に行き先はどこでも良い。とにかく兄があの年賀状を受け取る瞬間を律は見たくなかった。靴を履きながら頭の中で計算を始める。どれくらい時間を潰せば良いだろうか。去年兄が帰ってきたのは確か朝の七時頃だ。リビングから、ついでに牛乳買ってきてと母の声が聞こえてくる。返事をしてから、玄関のドアを開けた。
 律が小学生の時、兄宛の年賀状がたった一枚届いたことを覚えている。その葉書を一番最初に見たのは律だった。毎年友達から何枚もの年賀状が届く律は、正月になると率先してポストを見に行く習慣がついていた。兄はきっと喜ぶだろう、そう思うと嬉しくて、小学生だった律はつい裏面を見てしまった。兄より先に。今でも覚えている、そこには「モブへ あけましておめでとう。今年もよろしくな」とだけ素っ気なく書いてあって、弾んだばかりの感情がみるみる暗いものに変わっていくのが分かった。差出人を見なくとも予想がつくその葉書の存在を、兄に知らせるのが律はどうしようもなく嫌だった。兄の喜ぶ顔を想像しては、どうしてこの葉書の差出人がよりによってあの詐欺師なんだろうと幼い律は思った。
 それでもやっぱり律には兄に葉書を渡す以外の選択肢はないのだった。それから毎年、その葉書は兄宛に届き続けている。一枚だった兄宛の年賀状はいつしか増えていき、色とりどりの葉書の中であの人の葉書はすっかり埋もれている。
 今も相変わらず素っ気ない内容なのだろうか。見ていないから分からない。小学生の時は衝動で見てしまったが、本来律が見ることができるのは宛名だけだ。宛名だけ。あの人の字で書かれた兄の名前の文字が脳裏に蘇ってきた。
 初めてその葉書を受け取ったときの兄を思い出し、あそこにもし律の名前も書いてあったならと想像してしまう。あの時の兄がずっと羨ましかった。兄が受験生になってから律が代わりに相談所に行くことも増えて、だから無意識に今年こそはと思ってしまっていたのかもしれない。

「いらっしゃいませ〜」
 元旦早朝のコンビニには思ったより客がいた。とりあえず母に頼まれた牛乳の棚を目指すと、ふいに声をかけられる。
「あれ、律?」
 見ると惣菜パンを持った霊幻が立っていた。疲れているのか、いつもの胡散臭気な雰囲気をあまり感じない。
「おー。偶然だな。えーっと、あれだ。あけましておめでとう」
「……おめでとうございます。今帰ってきたんですか?」
「ああ。モブももう家につく頃じゃねーかな」
 律が彼の言葉に反応するより早く、元旦の正月からおつかいか〜?とかなんとか、無遠慮に話しかけてくる。どうしてこの人はいつもいつも、最悪のタイミングで現れるのだろう。疲れていても口の減らないその人の様子に無性に腹が立って、牛乳を手にさっさと立ち去ろうとする。
「あっおい、ちょっと」
「なんですか?」
 苛ついているのはたぶん、この人の態度にではない。今朝見た葉書に律の名前がなかったから、そんな小学生の頃から引き摺っているくだらない理由だ。分かっていたけど、自分の子供っぽさを認めるのが難しくて、思いっきり嫌な顔をしながら聞き返してしまう。しかし霊幻はそんな律の様子など意にも介さずこう言った。
「今年もよろしくな、律」
 中学生に不遜な態度を取られたくらいで動じないこの人は大人だなと思う。こんな風に言ってもらっても、律はくだらないことが引っかかって素直に言葉を受け取れない。どんな顔をしているのか、正面から見ることもできない。自分の子供っぽさが一層際立つようで、適当なことを言って逃げるようにコンビニを後にした。



「律、おかえり!」
 顔から火が出そうになりながら家に帰ると、兄が出迎えてくれた。当初の目的は果たせたようだった。
「兄さんこそ。おかえりなさい。楽しかった?」
「うん。そうだ律、これ見て」
 そう言って兄が見せてきたのは、あの年賀状。どうして、という気持ちで頭がいっぱいになる。コンビニでのやり取りを思い出して、また顔面が熱くなってきた気がする。呼吸を忘れないようにしながらおそるおそる見ると、あの時見たものと寸分違わぬ素っ気ない内容が書いてある。でも、一番最後の一文はあの時にはなかったものだった。

『律によろしく』

 律によろしくって、師匠が。兄の声を聞きながら、律は先ほどの霊幻がどんな顔をしていたのか、必死に思い出そうとしていた。