クリスマス
同居をしている社会人の律霊。律がだいぶ疲れている。211225律霊ワンドロで書ければな~と思って考えていたけどお題に合致しなかったやつです。レが律を迎えに来てくれるシチュエーションって涙が出るほど好き。
1733文字
2022-01-03 16:36
今日の終電は何やら普段と様子が違う。疲れ切ってどこを見つめるでもなく吊り革を掴んでいた律でも、列車内の妙に浮ついた雰囲気を感じ取ることができた。仕事に侵され上手く回らない頭でぼんやり考えを巡らせ、そして今更思い当たる。
(そうか、今日は……)
しまった、と思ったがもう遅い。それでも居ても立ってもいられず、律は携帯を取り出した。帰宅する旨を連絡したきり、もう寝ているだろうと返事も待たぬまま鞄にしまったままだったのだ。そして表示されていた新着メッセージを見て律は頭を抱えた。
『駅まで迎えに行く』
改札を抜けるとコンビニの袋を下げた霊幻が立っていた。
「おかえり」
「……ただいま。迎えに来てくれたんですね」
「まあな。最近会えてなかった気がして」
そう言って、袋から缶コーヒーを取り出し律に寄こしてくる。缶はまだ温かく、同時に自分がずいぶんと冷え切っていたことに気が付いた。帰ろうぜ、と言ってさっさと歩き出した霊幻の横に並んで声をかける。
「あの、今日はすみません」
「何のことだよ。それより律、お前大丈夫か? 最近仕事詰めすぎじゃねえの。無理すんなよ」
そう、今日だけの話ではないのだった。年末の繁忙期に入ってからというもの、律は毎日のように終電で帰り、思い返してみると霊幻とまともに顔を合わせる時間はほとんどなかったのではないか。
時刻はもうすぐ十二時を回る。駅前の並木道にはイルミネーションの電飾が施されていたが、点灯時刻を過ぎたのか辺りには街灯がぽつぽつと寂しく灯っているのみだった。すべては後の祭りだと言われているような気がした。一年に一度のこの日を、律はあと何回この人と過ごせるのだろうか。そんな考えがふと頭をよぎり、背筋に冷たい風が走った。
「……霊幻さん。近いうち休みを取るので、どこか行きましょう。旅行とか」
「ずいぶん急だな。いいけど」
「急です。すみません、何も用意できていなくて」
先ほどごまかされたことを暗に指摘してしまった。今日がこの日でなくとも、霊幻は迎えに来てくれていたのだろう。そういう人だ。けれど、もう遅いかもしれないけれど、この人にほしいものがあるなら掬い取って与えてやりたかった。今日、この人が律にそうしてくれたように。
「……俺はもう、十分もらってるよ」
ぽつりと霊幻がそう漏らした。
「お前からは、毎日。でもお前は……」
霊幻は言い淀みながら、ゆるやかに歩みを止めた。律も立ち止まって言葉を待つ。辺りは暗く、表情がよく見えない。律に見つめられていることに気がついた霊幻は、ハッとしたと思うと「今日俺めし作ったから、あとで食えよ!」と言ってまたせかせかと歩き出した。
握ったままの缶コーヒーは外気に晒されてあっという間に冷めて、今度は律の右手の熱がひんやりとした金属に吸い取られている。霊幻が言い淀んだ理由は分かっていた。しかし、今日の自分に果たして何が言えるのだろうか。そして何よりも、こうして迎えに来てくれて、熱を分け与えくれて、それを律への一と数えられないこの人に、何をどう言えば伝わるのだろうか。もやがかかったような思考に嫌気が差して、律は空いている方の手を動かした。
「……え。ここ外だけど」
霊幻の手を取った律に、霊幻がぎょっとしてこちらを見たので微笑んでみる。笑ったのは久しぶりかもしれない。表情筋の軋む音がした。
「家までここのままでいてもいいですか?」
「正気か……?」
そんなセリフを吐きながらも、握った手が振りほどかれることはなかった。対面から歩いてきたカップルは自分たちのことに夢中なようすで、律と霊幻には目もくれず通り過ぎていく。霊幻の右手は律の左手よりも温かく、そしてみるみるうちにその温度が上がっていく気がした。
「お前、やっぱり疲れてるよ。帰ったら速攻寝ろ」
そっぽを向いてそう言う霊幻に、やはり何と返せばよいのか分からない。それでも今は言葉で伝えなければいけない時だろう。
「霊幻さん。好きです」
隣の人がこちらを見ていないのをいいことに、律はもう一度ぎこちなく微笑んだ。